「本科卒業生 体験談」

以前に「叡智の道」を読んで、自分なりに分かる範囲で内容を実践してみたこともあり、その時にもいろいろな気づきがあったのですが、講師やインストラクター、サポーターの方々、そして受講生の方々と作り出すスクールの場の中で、改めてセクション1の講義やワークに取り組んでみると、さらに内側のずっと深い所まで安心して潜っていける感覚がありました。


課題を通して見えてくる内側は、これまで直面して来なかった感情だったり葛藤だったり、決して綺麗なものばかりではなかったです。
さらに、自分が持っている真の価値は何なのかという大きな問いに、セクションの最初から取り組むことになりました。それをレポートにして提出するのですが、誰にも話したことのないような心の奥にあることを、どこまで正直に真摯に書けるかというのは
私にとって一つのチャレンジでもありました。しかし読む側のサポーターさんは、きっと良い悪いのジャッジなく受け止めて下さると信頼して書くことで、私が自分に対するジャッジや制限を手放していく大きな一歩になっていたのだと後から振り返って感じます。重いレポートを受け止めてコメントを返すのは、サポーターさんにとっても大変なお仕事だったと思いますが、そうしたやりとりに強く励まされながら、これまでの私がどんな物差しで自分や世界を見てきたかが少しずつ明らかになっていきました。

 

私の中には、ずっと「特別な存在でいなければならない」という「正しくある必要性」があったようです。誰かに愛されるためには自分が他人よりも特別であると証明しなければならない、と自分を追い込み、理想像に到達できていないと感じると強く罪悪感を抱いてきました。周りの人は自分の特別さに気づいてくれるだろうかといつも気を揉み、認めてもらえない時には苛立ちと共に自分を押さえ込み、そんな姿が傲慢に思えてまた自分を責め・・・そんな繰り返しで生きてきました。しかも、その「正しくある必要性」はあまりに幼い頃から持ち続けていたので、それを起点にこういった葛藤が起きているということはほとんど意識せずに、ただこの苦しさから逃れたいと思っていました。

 

セクション1のワークを通してこうした部分が見え始め、解放を意図しながら呼吸法を行い、「もうこの必要性に従って生きなくてもいいんだ」と思える度に、どんどん心が軽くなっていくのを感じました。気のめぐりもよくなったのか、以前は食事の間隔が開くとすぐフラフラになっていましたが、そういったこともめったに起きなくなり、体も疲れにくくなりました。
一つ課題をこなすと必ず発見があり自分が変化するのがはっきり分かったので、日々課題をやるのに夢中で過ごし、ひと月が経った頃には、苦しかった仕事や人間関係の中での体験がはっきりと変わり始めていました。それまでどれほど「特別でいなければ」という切迫感を通して周りと接してきたか、そしてそのレンズなしに自分や他者を見た時にこんなに心軽く楽しくいられ、シンプルに人それぞれの存在の素晴らしさが目に入ってくることに驚いています。
同時に、それまで自分をある意味突き動かしてきた葛藤に代わって、セクションの最初に掘り起こしていた本来の自分の価値が、自然に表現され始めているのも感じるようになりました。

 

その後も、より精妙な葛藤や感情に気づいていく度に、解放のプロセスを体験しています。
セクション1で教わったことは、私にとっては「自分を自由にする方法」でした。
このノウイングの基礎とも言われる内容は、本科の学びが先に進んだ今も日々の変化の土台となって私を支え続けてくれています。